日経産業新聞フォーラム2007 -デジタル時代の情報モラルセミナー- 『デジタルコンテンツ利用に求められる倫理意識の徹底』
鼎談−家庭・教育の現場で−

家庭・教育の現場で

現場での問題点

石澤 氏
石 澤

子どもたちもインターネット、携帯電話 などでデジタル情報に接する機会が増えているが、学校での情報モラル教育の実態と問題点をお聞きしたい。


若月 氏
若 月

区内すべての区立小・中学校を対象に実施した 「品川区立小・中学校における情報にかかわる実態調査」では、携帯電話の所有率が小学1年生で男女とも2割を超え、中学3年の女子では8割近くになるという結果が出て いる。また、学校外でのインターネット利用経験も小学1年生で5割を超え、中学2年生で9割に達する。さらに、家庭において携帯電話・インターネット使用時の約束ご とがあるかを問うと、約5割が「なし」と回答している上、「ある」としてもその内容はほとんどが料金についてのみだ。現実に、チェーンメールやいわゆる「ワン切り」先 への返信によるトラブルも多数報告されている。
 この実態から有害情報との接触、見知らぬ第三者とのメール交換による大きなトラブルや「悪口サイト」などによるいじめなどが心配され、家庭での情報モラル教育は極め て低調と判断している。学校と家庭の協調がこれからのテーマだ。

久保田 氏
久保田

現場の先生は、モ ラルとルールの違いが分からないことから、情報モラルについても明確なイメージを持てていないのではないだろうか。ルールは法律などで明文化されているが、モラル は自然発生的で抽象的だからだ。そこで、まずは情報ルール、著作権法などが生まれた社会的背景と精神を理解することから始め、情報モラルについて考える足がかりにして はいかがか。

若月 氏
若 月

品川区は情報モラル教育を児童・生徒向けと、教 員・家庭向けの2通りで考え体系化している。児童・生徒向けには、発達段階に応じて反復学習させることで最低限の知識を身につけてもらう努力をしている。一方、大人向 けの啓発活動は久保田さんの論旨に近いものだ。具体的な施策として、区立小・中学校を対象に「情報管理安全対策実施手順」を策定し、運用や文書管理、個人情報の保護と いった一般的な内容に加え、著作権などのコンプライアンスに関する項目も網羅している。

久保田 氏
久保田

子どもたちが今あこがれる職業には、プロデュ ーサーやジャーナリスト、シンガーソングライター、漫画家など、著作権法で守られるクリエーティブな仕事が多い。自分を表現し発信するためには何が必要か、社会との つながりを一緒に考えながら情報モラルを醸成していけば、実感がわくのでは。例えば著作権の許諾の取り方などを実習に取り入れてもいいかもしれない。

若月 氏
若 月

日本の教育界は理念に偏りがちなところがあり、 現実の社会とどう向き合うかといったスキルを軽視してきた。品川区では、社会の一員としての役割を遂行できる実効性のある教育を展開するため、実学を重視している。実 学とは、知識を具体的な行動に転用し、現実社会と関係づけられる力という意味だ。例えば情報モラルを含む道徳は、これからの社会を生き抜く力を総合的に身につけさせ ようと「市民科」という新教科として導入している。

情報リテラシー格差への対策

石澤 氏
石 澤

切り口が2つ見える。1つは、情報の受信を安 全かつ適切に行う方法の教育。もう1つは情報を発信する方法で、他者の権利を侵してはいけないといったことも含まれる。小学生高学年くらいからは、最低限、情報発信で加害者 にならない情報モラルを伝えていくべきだろう。しかし子どもの情報リテラシー(活用能力)は家庭事情により大きなギャップがある。区立という公教育の現場ではこの問 題をどうとらえ、どのような解決策を講じているのか。

若月 氏
若 月

情報化社会に対応するには現行の学習指導要領に 示された学習内容だけでは、質量ともに不十分だと考えている。そこで地方基準として独自に策定した品川区小中一貫教育要領に基づき、新たな単元を設定した「市民科」教 科書と社会科副教科書で指導している。五年生では、市民科の「生活と情報のかかわり」に関する単元で著作権を扱い、6年生になると情報モラルの問題を取り上げ、中学 校でも発達段階に合わせて反復する内容としている。記述はできる限り具体化させ、危機回避の部分では、クレジットカードの情報漏洩(ろうえい)による被害なども紹介し ている。中学3年生の技術・家庭科では、情報収集と発信のルールを考えようという趣旨で、個人情報の保護と情報モラル、著作権の保護と権利を正面から取り上げている。

久保田 氏
久保田

1つの提案だが、情報モラル教育を集大成し一 般化するという観点で「品川区の情報モラル宣言」といった宣言文を作成するのはいかがか。皆で知恵を出していく過程で情報モラルへの意識が醸成される。子どもたちに対 しても、大人は情報モラルをこう考えているというメッセージとして伝わるので、理解しやすいのではないか。

若月 氏
若 月

そうした情報発信も積極的に推進していきたい。 しかし情報とどう接するのか、あるいは発信するのかという根本的な部分で区民のコンセンサスが形成されていない。情報リテラシーの格差は大人にもあり、関心を示さな い大人が多い。子どもと家庭で話し合うよう提案したり、PTAが主体となって研修会を開くなどさまざまな施策を講じているものの、反応が両極端で、来てほしい人ほど振り 向いてくれないという現実がある。

久保田 氏
久保田

子どもたちが興味を抱いた問題は家庭でも話題にな るだろう。まず学校教育を充実させるアプローチが一番の近道ではないだろうか。


若月 氏
若 月

教育者と情報活用の専門家の見識をミックスした実学カリキュラムを通して、 「人の情報を大切にしよう」と思える心の部分と情報を活用するうえで必要な技能や知識を、子どもたちの中にバランス良く育てていきたい。

デジタル時代の情報モラルセミナー TOP創作者の立場からみた著作権/松本零士 氏情報モラルと著作権の概要/久保田裕 氏昨今の動向・コンプライアンスの重要性/石澤一良健全なデジタル情報化社会のために/vol.1 各国の現状と問題点健全なデジタル情報化社会のために/vol.2 ルールとモラル家庭・教育の現場で
若月秀夫 氏
東京・品川区教育委員会
教育長

若月秀夫